2022年09月12日
暇つぶし影響と見ら
わたしのブログへの閲覧数上昇は、コロナ禍ステイホームによる人々の暇つぶし影響と見られる。
共通課題のコロナが徐々に落ち着くと、閲覧数も元のようになると予測している加拿大留學。
わたしが毎日見に行くブログがある。
その一つは、アートな写真に見惚れ、凛とした文章で魂を毎回抜かれてしまう、憧れのミュンヘンブログ。
ただし、エネルギーを吸い取られた読後は自分のブログを書く気にはなかなかなれない。
他にも、まとめて読みに行く、長年のこころの友のブログがある。
このブロガーさんは、本人にもお伝えしているが、わたしは友達認定を一方的にしている。
さらに、かなり前からの、たぶん、わたしがブログをスタートした初期の頃から旧知のブロガーさんがいる。
じつは、わたしはそのブロガーさんに毎回、更新モチベーションのスイッチを押されているような気もしている。
だが、そのブロガーさんのアクションは、目や脳からではなく、指先運動の日課によるものであり、ひょっとしてわたしが勝手に受ける錯覚、思い込みかも知れないと思う瞬間もある澳洲讀書。
しかし、モチベーションなんていうものは、根拠や実体なんか無くても、勘違いでも何でもいいんだと妙に納得したりする。
今日のミュンヘンブログに書かれていたような、お会いしたこともない、声を聞いたこともない、でも長年、文章だけでやり取りして、その人のイメージを作り上げることってある。
わたしがインターネットに初めて触れたのは32年ぐらい前で、その頃からの知り合いが数人いて、現在も年賀状一枚で繋がっている人もいる。
ちなみに、初めてインターネットで繋がった記念すべき第1号の人は、香港の中学生だった。
パソコン通信と呼ばれていた時代。
愛好者は、通信系、パソコン系の仕事に携わっている人や、著作系の趣味のある人だった。
著作系の人は、パソコンからではなくワープロから通信していることもあった。
仕事以外での家庭パソコン普及率もあまり高くなく、SNSも一般的でなく少ししか存在していなくて、わたしが利用していた代表的な大手ネットも会員は30万人ぐらいだった。
よく考えるとインターネット歴は、人生の半分近くを占めている。
ただし、パソコン画面はモノクロで、英数文字を長々と無機質に打ち込むもので、今のように画面にアイコンが現れ、ひょいっと掴んで移動させたり、一瞬で画面が躍動的に踊り出したり、とは程遠いものだった。
当時、大きな薄いペラペラしたフロッピーを差し込むと画面がガシャガシャと立ち上がり、文字入力を通しておしゃべりしていくうちに、会話でインプットした情報が蓄積され徐々に賢なっていく女の子のゲームソフトみたいなものもあったが、黒い画面に白い文字で延々とおしゃべりを続けるだけ。
動画も声も、なんにもない、なんの愛想もないものだった。
また、圧縮ツールみたいなものがあって、圧縮して送られたものは、決められた英数文字を入力して解凍したり、、、何かしらの知識がないと操作できない、めんどくさいものだった。
スマホで指くるくる、瞬間操作とは、隔世の感。
というように、インターネットは、当時はそういう技術系の人々と文章系の人々が交差していた加拿大移民。
真ん中あたりの中間の人はいなかった。
パソコン普及率も今とは違っていた。
今はスマホがあるから、あまり固定型パソコンは個人的には需要がないのではないかと想像する。
仕事ではノートパソコン、タブレットが多い?
小学校でもパソコン授業が取り入れられているし、自宅からのオンライン授業も更に充実させるのが喫緊の課題とされている。
共通課題のコロナが徐々に落ち着くと、閲覧数も元のようになると予測している加拿大留學。
わたしが毎日見に行くブログがある。
その一つは、アートな写真に見惚れ、凛とした文章で魂を毎回抜かれてしまう、憧れのミュンヘンブログ。
ただし、エネルギーを吸い取られた読後は自分のブログを書く気にはなかなかなれない。
他にも、まとめて読みに行く、長年のこころの友のブログがある。
このブロガーさんは、本人にもお伝えしているが、わたしは友達認定を一方的にしている。
さらに、かなり前からの、たぶん、わたしがブログをスタートした初期の頃から旧知のブロガーさんがいる。
じつは、わたしはそのブロガーさんに毎回、更新モチベーションのスイッチを押されているような気もしている。
だが、そのブロガーさんのアクションは、目や脳からではなく、指先運動の日課によるものであり、ひょっとしてわたしが勝手に受ける錯覚、思い込みかも知れないと思う瞬間もある澳洲讀書。
しかし、モチベーションなんていうものは、根拠や実体なんか無くても、勘違いでも何でもいいんだと妙に納得したりする。
今日のミュンヘンブログに書かれていたような、お会いしたこともない、声を聞いたこともない、でも長年、文章だけでやり取りして、その人のイメージを作り上げることってある。
わたしがインターネットに初めて触れたのは32年ぐらい前で、その頃からの知り合いが数人いて、現在も年賀状一枚で繋がっている人もいる。
ちなみに、初めてインターネットで繋がった記念すべき第1号の人は、香港の中学生だった。
パソコン通信と呼ばれていた時代。
愛好者は、通信系、パソコン系の仕事に携わっている人や、著作系の趣味のある人だった。
著作系の人は、パソコンからではなくワープロから通信していることもあった。
仕事以外での家庭パソコン普及率もあまり高くなく、SNSも一般的でなく少ししか存在していなくて、わたしが利用していた代表的な大手ネットも会員は30万人ぐらいだった。
よく考えるとインターネット歴は、人生の半分近くを占めている。
ただし、パソコン画面はモノクロで、英数文字を長々と無機質に打ち込むもので、今のように画面にアイコンが現れ、ひょいっと掴んで移動させたり、一瞬で画面が躍動的に踊り出したり、とは程遠いものだった。
当時、大きな薄いペラペラしたフロッピーを差し込むと画面がガシャガシャと立ち上がり、文字入力を通しておしゃべりしていくうちに、会話でインプットした情報が蓄積され徐々に賢なっていく女の子のゲームソフトみたいなものもあったが、黒い画面に白い文字で延々とおしゃべりを続けるだけ。
動画も声も、なんにもない、なんの愛想もないものだった。
また、圧縮ツールみたいなものがあって、圧縮して送られたものは、決められた英数文字を入力して解凍したり、、、何かしらの知識がないと操作できない、めんどくさいものだった。
スマホで指くるくる、瞬間操作とは、隔世の感。
というように、インターネットは、当時はそういう技術系の人々と文章系の人々が交差していた加拿大移民。
真ん中あたりの中間の人はいなかった。
パソコン普及率も今とは違っていた。
今はスマホがあるから、あまり固定型パソコンは個人的には需要がないのではないかと想像する。
仕事ではノートパソコン、タブレットが多い?
小学校でもパソコン授業が取り入れられているし、自宅からのオンライン授業も更に充実させるのが喫緊の課題とされている。
Posted by kfjgty at
11:16
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